朝廷内では豊臣派の遠戚、三好家には当代きっての英傑がいると評判であった。
それを知る人は「三好の三英傑、すべからく女」と言い、豊臣の勢力はしばらくは安泰であると。
その一角を担うのが、三好家の二女「三好灯火耶(みよし・ともや)」である。
彼女は普段、朝廷軍に身を置き、軍師という要職を担う。特に用兵に長け、その軍配捌きは同僚からも評判がよい。
「飛龍隊は敵陣に向かい、空中より射かけよ! 南西に展開している歩兵はすぐさま後退、そのまま補給路を守れ!」
直属の部下も灯火耶を慕い、伝令と共に戦地を飛び回る。
「東の陣が崩れた! 飛龍隊の降下を許可する。存分に暴れろと伝えよ! 西も隙を見て降下せよ!」
これぞ、まさに次代を担う英傑に相応しい働きであった。
そんな灯火耶の心は、いつも、どんな時も、全く満たされていなかった。
軍師たる自分に不満はない。負け戦で挫けることもあるが、勝敗は兵家の常だ。その辺は割り切っている。
しかしだ。
しかしながら……そんな彼女にさえ、割り切れないこともあるのだ。
なぜ、自分には彼氏がいないのか?
こんなに幸せな恋をして、こんなに幸せな結婚がしたいワタシに、なぜいい男の一人も寄ってこないのか?!
「仕事をしながら恋愛してる部下なんてたくさんいるのに、なんでワタシだけ彼氏いないの……? そっか、きっと仕事し過ぎちゃってるんだ。キリッとした凛々しさが近付きにくくしてるんだ。だったら、ワタシにも策はある!」
灯火耶がプライベートで自宅にいる時は、常に男性を手籠にする策を練り、御用商人の三河屋には渾身の勝負服を作らせ、地味に括った髪型もオシャレに変え、名門の堅物お嬢様のイメージを払拭しつつ、素敵な女になるため、日頃から努力を惜しまない。
そんな熱意に押されてか、仕立てた服を持ってくる三河屋ライカの表情はいつも固い。
「あ、あのぉ、灯火耶の姉さん。特注のアレ、お持ちしました……」
「待ってたわ! これでアイツもイチコロよ!」
ライカには完全に別の意味にしか聞こえないセリフで、露骨な苦笑いを浮かべた。
「これ、新春のかくし芸か、酒盛りの余興に使う衣装ですよね……」
「ライカ、よく聞きなさい。これはね、ワタシが男を虜にする新型の勝負服なのよ!」
「えっ? この金粉まみれになった獅子舞のような奇抜なデザインのお召し物が?!」
「幸せはすぐそこにあるのね……あ、これはお代よ。いつもありがとう」
「は、はぁ……毎度どうも……」
謎の自信で悦に浸る灯火耶を眺めつつ、ライカは一礼した後、さっさと幼馴染の四女・貞慶の元へと向かった。
「で、今回の勝負服のテーマは?」
貞慶の反応は極めて冷めている。
「金ピカド派手な狛犬……ですかね」
「ライカん家に金が落ちるからいいんだけど、トモ姉のアレだけは何とかしてくれって頼んだろ!」
どうやら灯火耶の箪笥の中には、あの系統の服がごまんとあるようだ。とはいえ、それの仕立て直しをしたりしているので、溢れ返っている訳ではないらしい。
「まぁ、元がアレなのを仕立て直しても、結局はアレなんで……」
「だーかーらー! ハッキリ言えって!」
「じゃあ、お姐ェさんから言ってくださいよ! そんなんだから、男に全くモテないんですって!」
それが言えたら、誰も苦労しない……貞慶は渋い表情を見せた。
「これ、最近さ。トモ姉から聞いたんだけど……」
間違いなく、よくない新ネタだ……ライカは息を呑んだ。
「あの髪型と服装で待ち合わせしてた男を驚かせちまって、お互いがいろんな意味で落ち着かないからってんで、自分からそっと手を握って女の子によくある積極的なアプローチをしようとしたら、慣れない服に腕が取られて、相手の手首を本気で捻っちゃって、デートどころじゃなくなったらしい」
ライカは天を仰ぐ。三好邸の天井を見上げる時は、いつもこの時だ。
「私からもひとついいです? この前、灯火耶の姉さんに『美男子籠絡ノ書』っていう必勝の巻物を見せてもらいましてね。素敵な男性と上手く付き合える策が書き連ねられてました」
待ち合わせ場所に現れる時の見た目がアレなのに、その後のプランを熱く語られましても……ふたりの女が溜息を響かせる。
「それ、アタシは初めて聞くな……その巻物の話。じゃあ、服さえ何とかしたら、それだけで行けるんじゃないか?」
「いいえ。私みたいな恋愛に縁のない者が読んでも、全くダメだと思いました」
貞慶はふと思った。
人を倒すのに武器は要らない……いろんな意味で。
「次のデート、上手くいけばいいな……」
「下手に身分があるんで、男も口を閉ざすという悪循環ですねぇ」
ライカが悲しそうに呟いたところで、貞慶は「茶屋にでも行くか」と誘った。
なお、灯火耶のデートがどうなったかは、ここでは触れないでおく。

