神楽の都の歓楽街、その片隅に「小和田頑十郎一座」の面々が陣取っていた。
都の一角に陣取っても文句を言われぬ人気者……いや、さすがにその辺は上手くやっているのだろうが、近くに立っていた朝廷の近衛兵が、興味を惹かれ視線を向けているあたり、よほどの人気があるらしい。
一同はどこかの屋敷の高い壁を背にしていた。もし見世物を始めて全方位を囲まれてしまえば、後で面倒になるのを心得ているのだろう。ここ、神楽の都では、屋根のない舞台のようなスタイルに決めたようだ。
「お姐ェさん、アレですよ!」
ライカが指差す先には、周囲をぐるりと飾った大きめの大八車が鎮座し、その近くでは丸々と太ったかのような甲龍がグースカ昼寝の真っ最中であった。
その目前では、メガネの娘が赤い半被を着て立っており、何やら帳面に筆を走らせていたが、二人が近づいてくるのに気付くと、ササッと駆け寄ってくる。
「ようこそ、小和田頑十郎一座へ!」
娘は自らを「筋書きのアヤネ」と名乗り、一座の関係者であることを明かした。どうやら先程は、次の脚本を考えていたらしい。
「今はちょうど休憩中でして……せっかくお越しのところ、申し訳ありません」
「いえいえ、構いませんよ! こちらの御仁は三好家の御令嬢、三好貞慶様にございます!」
ライカお馴染みの大仰な紹介に困惑しつつも、貞慶は「どうも」と頭を下げた。
すると、今度は日に焼けた少年がひょっこりと顔を出す。
「アヤネ。どこぞの貴族様が、うちの見物に来たのか?!」
そう言ったかと思うと、皆の目前でクルリと宙返り。少年は「風斬のハヤテ」と名乗った。
それを見たライカは「おおっ」と、大いに驚く。
「まーまー、これでもまだ頑十郎一座の見習いだからな!」
「えっ、その身のこなしで、まだ見習いなんです?」
「芸事は奥が深いんだよ、ライカのおねーさん。ところで三好さんはうちのファン? それとも、パトロンになってくれるの?」
ハヤテはズケズケと物を言うが、何の御用かを尋ねるにはこれが一番手っ取り早い。
貞慶は、ライカに「この子を三河屋で雇ったらどうかな」と耳打ちしてから、物見湯山で立ち寄っただけで、大した用ではないことを告げた。
「もう、ハヤテったら、不躾なこと聞いて! すみません、この子に悪気はないんです」
「アヤネはマジメだなぁー。ま、ゆっくりしてってよ!」
自由気ままのハヤテに平謝りのアヤネ……
それを見かねたか、ついにお目当ての頑十郎らがやってきた。ライカは巨躯の頑十郎を頭から足まで見て、目を真ん丸にしている。
「これが、かの頑十郎さんですか……」
「おうよ! 小和田頑十郎たぁ、俺のことだ!」
豪胆な声を耳に入れつつも、貞慶は思わず、頑十郎と手合いをした際のことを考えていた。
身の丈は一丈、大剣を自在に操ることで硬軟織り混ぜつつ、時として軽業までやってのける……
「頑十郎殿、失礼ながら剣技を嗜まれておられたか?」
握手もせず、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした貞慶。
すると、相手は恥ずかしそうに頭を掻きながら返事する。
「いかにも。貧乏道場の三男に生まれ、剣技はからっきしでさぁ。それでこんなことを始めた訳で……」
「初めは口上もマトモに覚えられず、いつもしょげておったのォ……」
頑十郎の右に控えしは、一座の三枚目を担う「猿飛のザンザ」を名乗る、老齢の男性であった。
「ワシゃ、『三好の三英傑、すべからく女』と聞き及んでおるが、お前さんがその一人かい?」
「たぶん違うよ。そりゃきっと、二番目の姉貴のことだ。朝廷軍の軍師してる男勝りの癖に、人より結婚願望が強すぎて、どの男も裸足で逃げてく」
貞慶が爆弾発言したかと思えば、ライカも「あれじゃ無理です」と頷くばかり……さすがは「英傑」といったところか。
「で、そこの狐のお面の御仁は……?」
ライカが頑十郎の左に控えし男について尋ねると、言葉少なに「狐面のカサギ」と答えた。
「我が頑十郎一座の二枚目たぁ、コイツのことだ! 仮面を外せば、誰もが振り向く美男子!」
「……拙者、顔に傷を負っておりましてな。面を外すことはござらぬ」
貞慶とライカは、思わず同時にコケた。
「芝居ではアヤカシなどの仇役を演じておるが故、普段は狐の面をつけております」
「カサギって、ひょっとこの面も持ってるよな?」
ハヤテが口を挟むと、カサギはひとつ頷いた。
「面の種類はわかるが、その数はわからぬ」
「種類がわかるなら、ある程度の数もわかりそうなもんですが……」
ライカが不思議そうな表情で言葉を紡いだ刹那、一座にある質問を投げかけた。
「先程、ハヤテ様から三好のお姐ェさんに、金銭的な後ろ盾について尋ねられましたね。皆様、いくらかの銭が御入用なのですか?」
その言葉を聞くや、頑十郎らは一様に顔をしかめた。どうやら図星を突かれたらしい。
「いやはや、ライカ殿。俺らは第四次開拓計画に参加し、そこで未知なる見聞をし、これをネタに行脚することを考えてござるのよ」
「ワシらは、一座専用の飛空船を借り切って、腕利きの船長を迎え、寝坊助の甲龍……頑十郎の相棒で猛丸というんだがの。あれも連れて、華々しく出立することを目論んでおる」
頑十郎に代わって説明するザンザの口は重く、ついでに歯切れも悪い。貞慶も「うーん」と唸る始末。家の金は勝手に動かせる訳もないし、貞慶自身もさほど手持ちがないからだ。
「それなら、稼ぎましょう!」
口火を切ったのは、ライカであった。
「今は空前の開拓ブームです! これに便乗する形で、開拓者ギルドには各地から無理難題が投げ込まれていると聞きます。その代わり、報酬もなかなかとのこと……」
頑十郎一人では無理でも、一座にはたくさんの仲間がいる。各人で手分けすれば、あっという間に銭が集められる……
「ならば、一石二鳥はしたいものですね」
アヤネは、飛空船の貸し切りの悩みも併せて解決できるような、便利な依頼を探したいらしい。そんな彼女の提案に、仲間たちも頷いた。
「ささ、そうと決まれば……お姐ェさんもご一緒に!」
「はぁ? アタシも手伝うのか?!」
ライカの提案に、貞慶は驚いた。
「三好家が頑十郎一座に一枚噛んでると噂になれば、それはそれでいろいろと得も……というか、お姐ェさんも気楽に、開拓者として楽しめませんか?」
「ホント、足元しっかり見てやがるよな……」
こうして、第四次開拓計画に向けた頑十郎一座の金策が始まろうとしていた。
「ワシらの船が飛んだら、まさかお前さんも一緒に来るのかね?」
盛り上がる一同から距離を置いたザンザが、とある人物に声をかけていた。それは、あまりにも心配に満ちている。
「それはオレの自由だろ。それとも、大事な仲間を置いてくってかい?」
「お戯れが過ぎる、と言っておるんだ……」
「この私が自分を探そうと考えることは児戯とでもいうのか?」
ザンザは咄嗟に膝をつき、素直に「すみませぬ」と詫びると、そそくさとその場を立ち去った。
不思議な雰囲気を醸し出す少年・ハヤテは、ある開拓者を見て言った。
「さぁ、それでは行くとするか。開拓者よ、導きの風の共に……」
少年は招きの手を差しのべる。
そう、開拓者の、あなたに向かって。
