プロローグ04 ~頑十郎、推参~


 この年の桜の頃。
 神楽の都では、いつものように御前試合が執り行われた。

 とはいえ、以前のように各国の代表が選抜される形ではなくなった。
 現在は、腕自慢が半年ほど前から都に集って武を競い、予選試合を勝ち抜いた者たちが、晴れて武帝の前で試合に臨むのだ。
 アヤカシ勢力の大幅な減退、さらには儀の墜落を阻止した開拓者の活躍は留まるところを知らず、御前試合もそれに併せて様式を変えたというわけだ。

 そんな勝ち抜き方式の四回戦のひとつに、注目の対戦があった。
 ひとりは、かつては若くして朱藩国の代表となり、古来からの武術・天元流を引っ提げてやってきた、もはや「名を知らぬ者なし」の天元征四郎。
 そして、もうひとり。最近、各国や各儀を行脚し、旅芸人として人気を博す身の丈一丈の大男にして、その座長である小和田頑十郎。
 この異色の試合が決まった時、人々は息を呑んだという。
 かたや、現世の天儀に勇壮轟く天元流の名手。アヤカシも一目置く志士。
 こなた、今をときめく大衆演劇の大看板にして、見事な体躯の持ち主。

 そして、その時がやってきた。
 征四郎が一礼し刀を抜くと、頑十郎は自慢の声で大舞台での口上を述べる。

「我が名は、小和田頑十郎。こちらにおわすは天下の志士、天元征四郎殿。今より武を競うとは、何とも誉れ高きこと。頑十郎、剣士の末席に身を置く者として、この上なき喜びと心得る。いざ、尋常に勝負と参らん!」

 そこまで言い切った後、ゆるりと大剣を構えた。それもなんと、軽々と片手で。貴族からも「おお……」と感嘆の呻きが響いた。

「いざ……」
 寡黙な征四郎が小声で応じるや否や、頑十郎はたったの二歩で間合いを詰め、両の手で握り直した大剣をドッサと振り下ろす。
 しかし、相手は下がらない。
 征四郎は咄嗟に刀を寝かせ気味に繰り出し、滝の水を斬るが如く、見事に大剣を右へと受け流す。
 頑十郎の初手は豪胆な一閃ではあったが、わずかとは言い難いブレがあり、その隙間を縫えば済む話であった。
 無論、これは達人の域による見切り。人並みの剣士では、飛び退くより他に手段はない。
「ふんぬ!」
 それを見越してか、頑十郎は大剣の軌道を変えず身を捻り、乱雑ながらも回転斬りを繰り出す。あの体躯からの円舞は、様々な意味で乱暴である。
 征四郎は何とかギリギリの間合いで避け、身を翻す相手に刺突で反撃。頑十郎は迫る敵に反応し、これを早技で阻止。お互いに刃を起こし、鍔迫り合いの格好に持ち込んだ。
「できる……」
 単純に力では負けるので、うまく飛び退く征四郎だが、頑十郎もただでは帰さない。その間合いを狙って、斬り上げで牽制。ここを征四郎は見逃さない。初手と同じく刀身を滑らせることで受け流す一方で、さらに後ろへ飛び、ひとまず安全圏まで逃げ延びた。

 ふと気付けば、周囲から歓声と拍手、感嘆が入り混じっていたが、頑十郎は何を思ったのか、手にした大剣で征四郎だけではなく、その口で全ての者に語り始めた。

「天下に知れ渡る天元の太刀筋、その真髄は斬るにあらじ。有象無象を断ずる活人殺妖の刃、我はそれを受けなれば。己の未熟を知るに十分、いや十二分。しかして、この胸に残るはいい気分!」
 この口上に、征四郎は呆気に取られた。
「この頑十郎、参り申した。人を活かす刃、しかと受け止めた。神楽の皆々様、口上が過ぎましたが故、これにて御免!」

 頑十郎はここまで言った後、征四郎に深々と礼をすると、いとも簡単に背を向け、大剣を納めて闘技場を離れていく。
 いくらかその背へ野次を飛ばす者もいるにはいたが、頑十郎の真意を汲んだ拍手の音が、あっという間にそれをかき消していった。

 頑十郎の礼を見た征四郎もまた、頑十郎の真意を汲んだ者の一人である。
 彼は勝ち名乗りを受けた後、刀を納めつつ歩を進めながら思案に耽った。

 頑十郎が五合にも満たぬ斬り合いで負けを認めたところから察するに、あのまま切り結べば、どちらも只では済まぬと踏んだのだろう。いや、相手の読みは正しい。おそらくは自分が勝っていた。
 ということは、頑十郎はとんでもない手練であることは間違いない。今にして思えば、初手の荒さも大衆演劇特有の客に魅せる剣技であり、本来はもっと精度を出せたはずだ。そうでなければ、そもそも自分と相対する所まで残れる訳がない。
「あの初手で、全てわかっていたのか……」
 頑十郎の思惑を知った征四郎は感心するどころか、思わず苦笑いを浮かべた。

 いや、きっと切り結ぶ前からわかっていたのだろう。
 対戦相手を知るや否や、さっさと敗北を認め、征四郎を立てるような口上をしておきながら、実は自分の名を満天下に知らしめる……それが頑十郎の思惑だったのだ。
 もし、征四郎がそれをどこかのタイミングで知ったところで、何の対策をした訳でもないが。
「花は持たせて実を取る、か」
 今度会ったら、花でも投げてやるか。そう思う征四郎であった。


 この逸話はたちまち神楽の都を駆け巡り、三河屋ライカの耳にも飛び込んだというわけだ。
「天元に負けておひねりを貰うとは、これはなかなかのやり手だな。人気者ってのも納得がいく」
「お姐ェさん、せっかくですから一座の面々を見に行きましょうよ!」
 ライカは貞慶の手を引いて、都の賑やかなところまで歩き出していた。