ゲームPBW「ネノクニ」 祓魔師「西皇寺 勝」のリバース覚醒譚
 |天野《あまの》|高校《こうこう》の1年生。|平坂《ひらさか》|町《ちょう》在住の大地主の生まれ。 「おまえはしっかりにやれるよな」    大仰な家計図を紐解けば、|祓魔師《ふつまし》として活躍した先祖が幾人か存在する。  曰く、荒れ狂う大蛇を調伏したとか。曰く、雨続きの日々を晴れにしただとか。  しかし、ここ何代かは|祓魔師《ふつまし》になった者がおらず、|葦原《あしわら》で行われる会議からも疎遠になる一方であった。 「おまえこそ立派にやれるよな」  歴史を遡れば、|平坂《ひらさか》と|泉津《せんづ》に分かたれる以前の『|葦原《あしわら》の集落』の時代から名家として知られる『|西皇寺《さいおうじ》』|家《け》。  ――彼は、己が一族の凋落ぶりを、親の目から、親族の目から、しっかりと感じていた。  それでいて、この状況に甘んじるしかなく。 「あなたは、やれるわよね?」  親の見栄もあったのだろう。  そう、|西皇寺《さいおうじ》 |勝《まさる》はその親の見栄そのものであった。名家の肩書を背負い、|世保《よもつ》|中学《ちゅうがく》から|天野《あまの》|高校《こうこう》へと進学して、進学コースに入るも、|祓魔師《ふつまし》――今はフツマと呼ばれているだったか、気楽なものだ――その活動のため、授業の途中で教室を抜け出す生徒の背中を、今日も黙って見送る。 「なんでこんなこともできないの」  平坂町でもトップクラスの進学コースに入ったとして。  何も、何ひとつ、満たされずにいる。  中学の頃からそうだ。  フツマ活動の連絡を受けて、サッと授業を抜けていく生徒が羨ましくて仕方なかった。  きっと怪我をするんだろう。危ない目にも遭うんだろう。もしかしたら、命を落とすことだってあるかもしれない。  ――でも、それはきっと『この町に生きてる証』に、なるんじゃないか?  自分はその証を持たざる者だ。特別な力はない。人並み以上に勉強はできる。それだけ。それだけだ。  |西皇寺《さいおうじ》|家《け》は、いつから『守る側から守られる側にされた』のか。  これから帰路についたあとの親の視線を思うと、今から億劫だった。  俺は、そのために生きてるわけじゃない!  鬱屈とした日々だった。  他の子は今活躍しているのよ。そう言って母は我が事のように喜び、父はあの家の子が怪我していたらしいと言った。  すべての言葉が棘のように刺さる。  言うな。言うな。そう言われたって――どうしようもないじゃないか!  そうして、過ごしていたさなか。  同じクラスの|御鷹《みたか》 |純《じゅん》が連絡を受け、数学の授業を抜け出した。  数日前、耳にしていた。純は使命感が強くて、優れた能力を持つ祓魔師であるという噂を。 「なんでこんなこともできないの」    その背中を見守る自分の心の奥底から、音のない声が響いた。  『あれが、自分じゃない』  その背中を見守るじぶんのココロの奥底から、おとのない声が響いた。  『あれが、じぶんじゃ、ない……』  そのセナカをみまもるジブンのココロのおくそこから、オトのないコエがひびいた。  「あれ! が! ……じぶん、じゃ、ない……!」 「本当、ウチはどうして駄目なんだろうな」  虚ろな目をして帰路に着く。周囲の景色は目に入らない。  あの音なき声は、ずっとずっとずっとずっとずっと、心の中で響き続けている。  それに心が痛むのをかろうじて耐えつつ、歩を進める。  だから、気付かなかった。  人気がない、|誰一人《だれひとり》として居ない。店先に人っ子|一人《ひとり》居やしなかった。 『シケた|面《つら》ァしてんなぁ、お坊ちゃん?』  ――卑屈な少年の声に、思わず反応した。  いや、『反応せざるを得なかった』という方が正しい。  ソイツはレンガの壁に身を任せ、行儀悪く立っている。パッと見、|天野《あまの》|高校《こうこう》の制服を着崩した不良に見えなくもない、が、しかし、少年の顔を見た勝は思わず声を発してしまった。 「お、俺……? お、オウマ、なのか、お前は……」  瞬発的に逃げようとも考えた、でも目の前の存在は一体?  同じ顔をした少年は喉奥で笑い、人差し指を揺らして否定してみせた。 『ちっちっ、おいおい、俺はオウマじゃない。そして、おまえでもない』  なにがなにやら、混乱する勝に少年は目を細める。  目と目が合う。ちらと見る目線は声の通りに卑屈そうな声だった。 『我が名は、リバース。おまえが認めない俺、だ』 「……何を、言っている?」  急にガンと頭をハンマーで殴られたような痛みが続く。  気づけば跪き、次第に地面をのたうち回り、激しく苦しみが続いて。  それを、『リバース』を名乗る|勝《まさる》が、何もせずに見下している。 『教室から颯爽と抜け出たけりゃ、授業でもサボりなよ。それで済む話だろ? おまえはそんな度胸もねぇお坊ちゃんなんだよ。その辺のどこにでもいる、ただの人間だ』 「ち、違う、違う違う! そうじゃない……ッ!」  いくら頭を抑えても、痛みが止むことはなく。 「お、俺は……フツマ、フツマ、|祓魔師《ふつまし》に……!」  そんな叫びを続ける|勝《まさる》を、相変わらず少年は無様な姿を見下ろしている。 『自分はのうのうと|祓魔師《ふつまし》に守ってもらっといて、それが生きてる証だァ? 名家ってのは、続いてナンボかァ? オメーは御大層な身分だな、オイ!』  自分じゃないと自称する者に好き勝手を言われながらも、勝はその言葉をかみしめていた。耳から入り、喉を通り、心で|咀嚼《そしゃく》する。 「――ッ……!」  なんでこんなこともできないの。  違う。違うんだ。 「ちが、う……!」 『その身が傷付くのを、危険に付き合うのを、命を賭けることを……テメーはどう思ってんだ? ええ……答えれるモンなら答えてみろ! 親に! 言われてるから! 力が欲しいんだろ!』  違う。 『毎日チクチク言われるのはダルいよなぁ、お遊びの戦いごっこでマジになるなんてバカみてぇな家だ!』  違う。 『周りも調子に乗って力を振り回してやがる。――調子に乗ってるヤツらばかりで――……』 「お、お、俺は……家も親も、何も、周りも! 何も、関係ないッ! まも、守るべき力が……欲しいだけなんだ!」  鬱屈とした日々だった。  他の子は今活躍しているのよ。そう言って母は我が事のように喜んだ。  できるのならばその子の助けになりたかった。  父はあの家の子が怪我していたらしいと言った。  できるのならばその子が怪我をしないようにしてあげたかった。  ――少年は乱暴に勝の手を掴み、その場に立たせた。  |勝《まさる》の瞳は、いつの間にか赤く光っている。まるで炎のように。 『裏返った裏は、表だ』 「……ッ!」 『この意味が分かるか? ――おまえは、『自分の願い』を、どうしたい――今すぐ思い描け、おまえの力を……!』  そう言うと同時に、少年は瞬時に炎を纏わせた長槍へと変化した。  手に馴染むものに、非現実的なものに、思わず、は、と息が漏れる。 「もしかして……これが――|祓魔力《ふつまりょく》……?」 『……後は勝手にしな。おまえ、他のヤツに段取り聞いとけよ? 死んだって知らねぇぞ?』  リバースの声は、徐々に自分の声へと近づいていく。 『ま、死ぬ時は一緒だ。そん時だけは付き合ってやるよ。最後に……言えるか?』  かすかな声は、勝の心を揺るがせる。 「我が名は、|西皇寺《さいおうじ》 |勝《まさる》! ――一介の|祓魔師《ふつまし》、ここにありッ!」  それから2日後。  英語の授業中、|御鷹《みたか》 |純《じゅん》に肩を叩かれた。 「行けるか?」  あの日までの卑屈さは微塵も感じられない程、|勝《まさる》は穏やかに頷いた。  何も。何もまだ変わっちゃいない。親との関係も、親戚との関係も。  力を得たとて、すべてが手に入るわけじゃない。過ぎた時間が戻るわけでもない。  でも、それでも、これはただの成功体験ではなかった。  一番やりたかったことは、だって――。 「そっちの方面だと……うん、お年寄りが居るから危ないな……行こう」  教室を飛び出すその瞬間、ある声が聞こえた気がした。  それは小さな小さな、優しい声。 『いい顔するようになったなぁ――』  このクラスで『|御鷹《みたか》 |純《じゅん》と|西皇寺《さいおうじ》 |勝《まさる》が居るなら、大丈夫』と言われるようになるのは、そう長くはかからず。